July 3, 2011
安土敏 “ライバル”

本書、ライバルに書かれているストーリーは、おそらく大企業のほとんどに当てはまることであり、大企業という蜘蛛の巣の中で、どのようにしてうまく生きていくかということが多くの社会人にとって重要なことだろう。

もし本書が1980年代に書かれていたのであれば、本書の内容は優秀な企業での生き方として率直に読み取ることができる。しかしサムソンをはじめとした海外の途上国企業が大躍進をして、日本企業が2流から3流へと漂流している現状において、主人公の活躍は賛同できるレベルではないように映る。つまり、日本企業の国際競争力低下の大きな原因は、社内政治への労働力の浪費だと考えるようになるということだ。

本社では主人公はライバル企業に翻弄され、社内の部下、同僚に翻弄されるという日々を過ごすのである。つまり新入社員としてのお気楽な時間以外は、永遠に続く政治活動に翻弄されるのだ。そしてオープンなコミュニケーションではなく、個別で、薄暗く、陰湿なコミュニケーションの奴隷になるのだ。 そのような企業が、海外の、顧客思考で、オープンで、アグレッシブな企業に立ち向かえるはずがない。自社よりも陰湿な企業にほんの僅差で勝てるのみである。

労力をどのように活用するかというテーマは経営課題の根幹であり、本書では、経営層が全く検討することなしに、過去の延長線上で自動的に決定されていた。本書は1999年に出版されているので、おそらく多くの企業でも2000年までは同様だろう。

さて、最近はどうなのだろうか? ストーリーの終盤では、主人公が人生の過ごし方を変えて、正論で勝負するようになった。多くの企業でもそのような人が多くの登場し、企業のあり方までを変えるほどの勝負をされているかもしれない。正論が通らない企業は確実に衰退する。なぜなら、正論こそが持続可能性のある思考、行動様式だからである。

イノベーションを実現する前に、確実に実現すべき土台がある。おそらく日本の多くの企業はいつの間にかその土台が崩壊するような方法で働いていたのだろう。

  1. nextbaron posted this
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