将棋とチェスは、戦争を単純化したものだが、あまりにも単純化し過ぎたと言える。1ターン(1手)に1駒しか動かせないということで、極めて礼儀正しい戦争になっている。多くの戦争では、兵力が均衡していて攻防が交互にあることよりも、兵力の差が大きく一方的な攻撃と防御がある。また重要なポイントでは当然にして多くの兵力を一斉に投入する。しかし1手に1駒しか動かせないのでは、恐ろしい一斉攻撃というよりも紳士的な一斉攻撃である。
将棋が発展した数百年前では紙が貴重で、記録のためではなく、将棋をするために紙を使うことは憚られたことだろう。つまり将棋の駒と盤のみですべての情報を管理する必要があった。しかし現代ではその必要はない。戦いの情勢を把握するものが駒と盤以外に存在しても良い。
一斉攻撃の具体的な方法とは、1手で2、3駒を動かすということであり、棋士の級や段に応じて1手で複数駒を動かせる回数を決めるのである。位が低いほど多くの回数を動かせる。そのため、複数駒を何回動かしたかを記録する必要が出てくる。
とは言うものの、通常の守り方では1度2駒を動かせるだけで、簡単に勝負が決まってしまう。そこで守りを補強するために、取った駒を王将の2歩以内に配置する場合、1手で複数回できるようにするのである。つまり、1手で1駒を従来通りに動かし、1駒を王将の2歩以内に配置するのだ。ただ、王将の2歩以内に配置しても、結果的に守りのためではなく、攻撃のためになった場合も配置することは認められる。その方が動きのある将棋になる可能性が高まるため、好ましいだろう。
上記内容は概要であり不確定要素が多過ぎるため、詳細な検討が必要だが、1000年以上続いてきた将棋を改めて考えるきっかけになればと思う。