April 23, 2012
民主党不要論

http://sfy.co/q1s

  |   URL: http://tmblr.co/ZE7nXyK9_tUh
(View comments
Filed under: 提言 政治 民主党 
April 19, 2012
飲食店支援事業(再掲)

號称塾は、滋賀・京都を中心に地域発光化(旧名、地域活性化)事業を細々と展開しております。地域の活性化をするためには様々な事業をする必要がありますが、飲食店や美容院、エステ等の小規模な商売が繁盛することは、非常に重要な地域発光化のひとつです。

そこで、あなたのよく行く飲食店が、もしインターネットを活用して情報発信をしていないなら、是非それをあなたが支援して地域発行化に役立ってみませんか? もちろん無料ではなく、当社、號称塾(ごうしょうじゅく)があなたの労力に対して金銭的にご支援致します。

皆さんにお願いすることは以下の3点です。

  1. ホームページを持っておらず、食べログにも掲載されていない、またはわずかな情報しか載っていないお店の店長に、店の情報と写真(店舗と料理)を食べログに掲載することを伝え、許可と協力を得る。
  2. 食べログに漏れなく店の情報と写真を掲載し、店長に見せる。
  3. その情報と写真で店長に満足して頂ければ、津田正顕 【號称塾】 shopempowered@goshojuku.com までメールで連絡をするように依頼する。

非常に簡単なことですよね? 行動が速い人なら、10分でできることでしょう。上記を完了して以下の制約に含まれないなら、1件につき300円で、900円以上獲得されるとお支払い致します。お支払方法は直接お渡しするか、ご指定頂いた銀行・郵便局口座に振り込みます。ただし直接お渡しする場合、お会いする場所は滋賀県・京都府内に限り、当社の日時と場所の都合を優先させて頂きます。

ただ以下の場合は支払い対象外になります。ご注意下さい。

  • 大阪府・千葉県・神奈川県・愛知県は不況と言えども発光化しているので、それら地域にあるお店は対象外です。
  • 2012年現在、東京都は知事が最低な人物なので、対象外です。
  • チェーン店は原則嫌いなので、チェーン店も対象外です。ただし、スターバックスは大好きです(対象外)。また和民の社長を非常に尊敬しております。
  • 情報掲載後、店長から號称塾まで電話やFaxで連絡があっても、上記を完了したことにはなりません。メールのみで受付けております。また店長からメールの連絡があっても、感謝を示す言葉がなければ、完了したことにはなりません。また店長に感謝の言葉をメール本文に入れるように要請することは構いませんが、嫌々ながら感謝をされないようにご配慮下さい。

事業資金の都合上、一定数のお店の情報が掲載された段階で募集を中断し、事業資金が確保できた段階で募集を再開します。

以下の地域は1件につき200円になります。

  • 京都駅から3キロ以内

以下の地域は1件につき150円になります。

  • 札幌駅から7キロ以内
  • 九州・四国全域

存在しないお店の情報を掲載する等の「やらせ」行為をした人は参加禁止として、やらせをした人の名前を本サイトにて掲載してあげます。

なお、號称塾は食べログサイトを運営している超素晴らしい会社の株式会社カカクコムとは残念ながら一切関係ありません。そのため、株式会社カカクコムからクレームが来た場合は、本サービスを停止する可能性があります。

それでは、一緒に地域を発光化していきましょ! ご協力をよろしくお願いします。

March 31, 2012
簡易マニュアル時代

iPhoneやiPadが普及したことで、簡単にマニュアルを作成し、共有することができる環境が整った。ITベンダーや行政が長ったらしく、読みにくいマニュアルを作成する状況を改善するためには、現場の職員が手軽にマニュアルを作成し、資料作成能力の高い者がブラッシュアップしていく取組みが良い。

一気に大量のマニュアルを作るのではなく、小まめに作ることで、作成する本人にとっても周囲の人にとっても仕事の整理になり、改善を考える強い機会が生まれる。つまり、現状の仕事を表したマニュアルを作成し、数週間後にはより良い仕事の方法が生み出され、共有されて、新たなマニュアルが生み出されるという状況が理想的である。

簡易マニュアルの例としては、以下となる。

  • 写真を取り、コメントをつける
  • プリントスクリーンを取り、コメントをつける
  • 解説しながら、画面を録画する
  • 解説動画を取る
  • イラストとコメントをまとめる

動画はYouTubeにアップし、公開範囲を設定して、共有する。写真や文章はSnapguide、Evernote、Google Docs等で記録し、共有する。

1点注意頂きたいことは、本格的なマニュアルではなく、簡易マニュアルをお勧めしているということだ。つまり、業種業界によるが、大原則は、写真の枚数は少なく、コメントは短くすべきである。マニュアルの初期の段階では多めの写真や長めのコメントでも良いが、ブラッシュアップされていくことで、少なく短いものになり、読みやすさを向上させていくのである。

また、不特定多数の人と共有できるマニュアルであれば、ブログやマニュアルサイトへ投稿する方が遥かに有意義で好ましい。社内に留めるマニュアルと社外と共有するマニュアルの両方を次々と作ることで、日本人の得意分野のカイゼンの力が向上し、次の展開を実施しやすくなる。また日本人以外の人と働くことが増える今後においては、マニュアルの整備は非常に重要である。

March 23, 2012
過剰経済の現れ方

過剰経済は、我々を覆っている。顕著な例は、お葬式である。

お葬式は数千年に渡り地縁、血縁の人々で準備され、開催されてきた。しかしわずか20年間で葬儀屋が取り仕切る営利行事になった。その結果、雇用は生まれ、税収は増え、ビルが建った。また多くの人は葬儀の労力から解放され、多くの時間をその他の活動に充てることになった。

つながりや絆を大切にしようと言葉が、街中に溢れているにもかかわらずである。

経済最優先で、雇用最優先であれば、可能な限り多くの労力、時間は金銭的に換算され、売買されるべきである。しかしその行き着く先は、心の通わない葬儀なのである。

葬儀に参列した何割のお方が、葬儀に参列したことに感謝されたり、ありがたみをお感じになったりされていることだろうか。もちろん、そのような感情は、葬儀の執り行ない方の品質に大きく左右され、高品質の葬儀は大前提である。

本来であれば、心の洗濯をする葬儀に参列したことで、何らかの浄化が起きて、葬儀自体の価値が共有されるはずである。更にそのようなことは哲学的で難しいことではなく、非常に単純で、原始的で、恐らく他の動物でも感じていることである。しかし人間においては、そのようなことは起きていない。つまり、人間性の喪失が起こっているのである。これもまた過剰経済の恐ろしさである。

文化的な生活を営むということは、贅沢ではなく、人間としての形を留める手段である。人間が人間でなくなったら、人類が存在する意味はあるのか? もしかしたら、あるのかもしれない。しかし、多くの人が尊敬する人の生き方とは180度異なるような人生を送ることは、好ましくない。

つながりや絆を大切にしようと言葉に正面から反対する人は極めて少なく、逆にほとんどの人が賛成していることだろう。しかしその言葉から一歩離れたら、全く反対の行動を取る人は極めて多い。そしてその言動不一致に気がつかないほど経済原理が我々を蝕んでいることが、過剰経済なのである。

March 21, 2012
過剰経済

現在の日本とアメリカは、経済に過剰な期待と役割が託されている状況である。本質的に経済が担当できる役割は、衣食住を満たすことであり、幸せや平和の構築を担当してはいない。自殺者が年間3万人以上の日本において、経済が人々を「救う」ことは期待できない。逆に経済は、多くの人の不満を最小化する手段であり、その範囲に限定して活用すべきである。

商店街等が発する「街を元気に!」という無邪気なフレーズは、商店街の経営が良くなることで、人々が元気になり、幸せになるという意味だが、そのような手段は不適切だということである。商店主がお金を多く稼ぐことは重要だが、「街を元気にする」という言葉で、街を人質にとり、経済に過剰な期待をかけるのは、不健全な社会を生み出すだけである。

Always3丁目を楽しむことは良いが、それを再度実現しようとすることは、自殺者を3万人以上にするだけの取組みになる。

ではなぜAlways3丁目に登場する人々は、幸せそうに見えるのか? それは、彼らに希望があったからだ。今日よりも明日にはステキな生活が待っているという希望である。希望こそが、人間を突き動かす大きな力の源泉である。

そして希望を持った人々で、ついに偉大な社会は作られた。それが現在の日本やアメリカ等である。しかし偉大な社会は自動的に人々に希望を与えることはなく、希望はあまり再生産されていない。しかし偉大な社会は、希望を持つ人々で作られた社会であるため、希望を持たない人々には住みにくい制度で形成されているのである。

年金制度や医療制度はその最たる例で、多くの子どもを常に生み続けられる社会を前提にしている。つまり、出産という希望が大量にあることを前提にしているのだ。しかし結婚や出産という行為が、希望ではなく、負担だと感じる人は多いだろう。そのため、晩婚化や出産をしない人の増加が起こっている。

しかし負担は希望を実現するために手段であり、大きな事業を実現した偉人は負担自体も希望の一部だと体感されている。つまり偉人の考え方、行動様式を多くの我々が採用し、負担を喜べるようになることで初めて、人が元気になり、街が元気になるのだ。

では、果たして今後10年間でそのような人を何人増やせるだろうか? 政治家や企業経営者が胸を張って数万人〜数百万人を増やせると仰るのならば、現状の社会制度は存続させられるだろう。しかしそれは現実的ではない。しかし多くの人は現状の社会制度が存続できるかのように錯覚し、日々を送っておられる。

多くの希望を要求し続ける社会に、多くの希望を産まない我々が住むことはできない。我々が変わるか、社会制度が変わるかのいづれかが必要である。しかしいづれも変わらずに、経済が上手くいくことで持続可能だと錯覚されている。その現状が、過剰経済なのである。